ダルマの恩返し。

人通りの少ない細い道にダルマは立っていた。
突如、出現したダルマに地元の住民は困惑し、その珍しさから全国紙の社会欄のネタにもなったが
元からほとんど人が通らない道だったということと、ダルマというある種神聖な存在に手を出すということに恐れた人々は
仕方なくそのままダルマを置いておくことにした。
世界的恐慌や隣国のミサイル実験、国内外における格差の広がり。
人々が悩まなくてはならない問題は山ほどあり、不思議なダルマにかける時間は相対的に少なくなっていった。
ネット上での祭りも落ち着き、これは神からの警告である!と騒いでいた団体もいつの間にか、
不正を行った政治家批判へと方向転換していた。


ダルマが現れてから3か月が経った。
すっかり過去のものになってしまったダルマだったが
全ての人から忘れられたわけでは無かった。
地元紙には一か月に一度くらいのペースでその後の様子が写真付きで伝えられていたし
騒ぎが落ち着いた後でも悪戯されることもあった。
今ではすっかり色あせ、少女漫画みたいな目と凛々しい眉毛を付けくわえられたダルマは
それでもなお細い道に立っていた。


ある雨が降った日のこと。
「ねえ、何でそんなところにいるの?」
少年はダルマに話しかけた。勿論、返事はない。相手はダルマだからだ。
ダルマには口が無い。目は口ほどにものを言うとはいえ、キラキラした瞳と凛々しい眉毛が発するメッセージを
受け取れるほど少年は聡明では無かった。
「寒くないの?」 
少年は続ける。返事はない。
その後も何度か当たり障りのない言葉を掛けて見たが、ダルマがそれに対して何かしらの反応を見せるということは無かった。
とうとう諦めた少年は、文字通り無口なダルマを蹴飛ばしてやろうと思い足を上げたが
そのままの姿勢で時を止め、代わりに持っていた傘をダルマが雨に当たらないように地面に置いた。
この時、少年の頭の中には「もしかしたらダルマが恩返ししてくれるかもしれない」という昔話に基づいた子供らしい考えが確かにあった。
帰り際に、ちゃんとこの恩は返せよ。と念を押そうかと考え、止めた。
家に着いた少年は、ずぶ濡れの体と無くした傘のことで母親に怒られたが、それでもきっとダルマが恩返ししてくれると思い我慢した。



それからもう3年が経つが、ダルマからの恩返しはいまだに無い。