ウェブ炎上を読む。

荻上チキの「ウェブ炎上」を読む。
この本ではウェブの特徴を「可視化」と「つながり」とした上で
実際に起こったウェブ上の「炎上」「祭り」を例に
サイバーカスケードのプロセスや問題点などを挙げている。
理解できたかは別として、とても読みやすかった。


「可視化」と「つながり」によって、「法」や「道徳」が過剰していき炎上となるといった流れは
ちょっと前のニコニコ動画で起きた「中村イネ喫煙疑惑事件」を例にするとわかりやすいかも知れない。
この事件は、ニコニコ動画で有名な人達が集まるイベントで
参加者の日記で中村イネ(馬のマスクをして様々な楽器を一人でこなすすごい人。未成年。)が楽屋でタバコを吸っていたという記事が書かれ問題となった。
これが原因となり、彼のブログは炎上、またその日記を書いた参加者にも批判は広まった。
未成年の喫煙は、確かに法律違反だが、だからと言ってそれを理由に一方的に攻撃をしていいかということにはならない。
にもかかわらず、このような事件が起きたのは、「法」や「道徳」の過剰(=違反者は悪いやつだから、非難されてもしょうがない)が原因と僕は思えた。
それを著者は「疑わしきは罰せず」から「疑わしきはパッシング」と言っている。


最後に著者はウェブによる社会の変化についてこう言っている。

・これまでも起こってきた現象が、これからも形を変えて起こり続ける。
・これまでも起こってきた現象が、これからは形を変えて起こり続ける。


ここ最近、ずっとウェブ関係の本を読んできて、インターネットの登場(一般化?)以前と以後の違いについて考えていたんだけれど
これを見てちょっとだけ納得した。
育成ゲームは命の大切さの認識を壊すだとか、残虐ゲームは事件を誘発するだとか
テレビを見ていると馬鹿になるだとか
新しいものについて今までも様々なとんでもない(ネガティヴな)意見と言うのは出てきたけれど
今までは、なんとかそれらに適応して生きている。
その「形を変えて」と言うのが、どのようなものになるにしろ、きっと上手くやれる、そんな気がした。